
食料問題の解決は小さくて大きな家庭から 最優秀賞 朝田 温志 |
 私は本校に入学してすぐ、農業クラブの専門部、食品製造部に入り、一年間様々な材料や製法でパンや洋菓子を作りました。二年の初め、日本の食料自給率はカロリーベースで四十パーセントと低いこと、食料廃棄率は二十五パーセントと非常に高く、食品ロスは年間約五百〜九百万トンある事を知りました。その中には、家庭での食べ残しが含まれています。私は好き嫌いをなくすことが家庭での食品ロスを軽減し、ひいては食料自給率を高める一つの手段ではないかと考え、二年と三年の「課題研究」の授業で好き嫌いを克服できる食品の開発、特に子供達が苦手とし、嫌いな野菜の代表であるトマトの食べ易い調理法の開発に取り組みました。本やウェブでトマトの調理法を調べ、それに自分の工夫を加えて四種類のトマトパンを試作しました。ホールトマトの絞り汁を加えたパン、市販のトマトジュースを加えたパン、生のトマトを入れたパン、そして生地の中にトマトを煮詰めて作ったソースを入れたパンです。どのパンも水分の量や発酵時間などの調整が難しく、「課題研究」の授業だけでなく、食品製造部でもパンの改良に取り組みました。約三ヶ月をかけ、納得のいく色や堅さ、味を持つパンを完成することができました。トマト嫌いの子供達にはトマトジュース入りのパンの人気が一番高く、ソースを入れたパンも好評でした。その結果、素材の味や匂いを薄くし、トマトの原形をなくすことでトマト嫌いを軽減できるということが解りました。三年の「課題研究」の授業では、昨年度の経験を参考に、調理が簡単でトマト嫌いの子供が食べ易く、家庭で誰もが簡単に作れる食品の開発に取り組んできました。パンや菓子等を試作しましたが、トマトの味や風味を残しながらも子供達が喜んで食べてくれる食品にはまだ至っておらず、目指す食品の開発の難しさを実感している所です。食料廃棄率の減少は人口問題や環境保全に対しても重要だと思います。今こそ農業や食料の大切さが問われなければならない時代だと思います。今、世界で七人に一人、約九億人が飢餓に苦しみ、又飢餓が原因で死亡する子供は十秒に一人と言われています。日本の食品ロスは五百〜九百万トン、その食料があれば約四千万人を餓死から救うことができます。この数字の重さを何人の人が理解しているでしょうか。企業社会に比べれば家庭でできる貢献度は微々たるものかも知れません。しかし、家庭は一番小さな社会の単位です。載きます、と言う言葉は「命を載きます」と言うことです。子供達が食を大切にする意識を持つ事は日本や世界の食料廃棄料を下げ、一人でも多くの人を飢餓から救う事につながるのではないでしょうか。私は食育及び食に携わる職に就き、この問題を解決する努力を重ねていきたいと思います。

  
私の将来の夢は、小学一年生の時からでずっと変わっていません。特別支援学校の教師となり障がい者の方と関わる仕事に就くことです。
特別支援学校というのは、障がいがある方が通う学校ということはみなさんご存じだと思います。しかし、授業でどのようなことが行われているかをご存じですか?授業は、一人一人に合う授業を行っているのです。例えば、身体が不自由な方は体を動かしながら遊ぶリトミックなどがあり、知的障がいがある方は自分のスピードで字を書いたり、言葉を発音する練習なども行います。このように特別支援学校というのは、その子によって授業が違うのです。
何故私がこの職業に就きたいのかというと、障がいがある方は私たちと違う考え方をもっていて、新しい発見などができて楽しいからです。例えば、人の反応や人の行動に敏感で知らない子が泣いていても近より、なぐさめたりもします。時には、自分も泣いてしまう時もあります。こんなに純粋で優しい心を私たち健常者はもっていますか?もしもっていたとしてもこんなに素直に表現できますか?これは簡単そうで簡単ではないのです。障がいがある方は、私たちにはない力をもっていると私は思います。その力にみなさんが気付くことで、偏見や差別はなくなってくるのではないかと私は思うのですが、それは難しいということも分かっています。何故かというと、理解してくれている方はいると思いますが、理解しようとしてる人がいないのが現状です。どうしたら理解し、偏見や差別がなくなるのかと考えましたが、やはり交流しかないのです。障がいがある方と交流することで、私たちにない力に気付けるからです。
私が、特別支援学校の教師になりやりたいことは二つあります。まず一つは、先ほども書いたように交流です。特別支援学級というのがあることはご存じですか?公立の小学校などに特別支援学級が増えてきていることと思います。しかし、あるだけで交流がないというのが現状です。なので普通学級と交流を行うことで小学生でも理解がもてるし、理解することができるのです。二つめは、もっと障がいがある方と接して理解することです。なので私は、大学生になったらボランティアとして、特別支援学校などで働きたいと思っています。そうすることでまた、新しい発見や将来の夢に一歩近づくと思うからです。
最後に小学一年生でこの職業を目指すきっかけとなったのは、弟にあります。弟が障がいをもち生まれてきて、私の夢がみつかることになりました。なので弟には、本当に感謝しています。「ありがとう。」ということも忘れずこの夢を叶えるために全力で頑張り、実現したいと思います。
 

3月11日に東日本大震災が起こりました。被害が大きかったものの、復興に向けて協力し合いながら乗り越えていく姿に力を感じました。また、このような事態になり、改めて日々平和に暮らしていける喜び、家族や周りの人々とのつながりを考えることができました。
私は看護師を目指し、衛生看護科のある高校に通っています。2年生になり、戴帽式を終え、約1ヶ月の病院実習に行かせていただきました。初めて本格的に患者さんと関わり不安や、恐さがありました。でも、それと同時に喜びや感動、そしてたくさんの笑顔をもらうことができました。最初から上手に行えることは1つもなく、練習ではできていたことが患者さんの前に出ると手がふるえ本当に自分は看護師として将来やっていけるのだろうかと悩むことも多くありました。でも患者さんは嫌な顔1つせず、温かい目で見守って下さり、「ありがとう」と、その言葉に何度も支えられ頑張ることができました。実習中、私は80代の女性の患者さんを担当しました。初めて実習に行ったときからよく話をしました。学校の勉強のこと、私自身のことや家族の話、患者さんもこれまでの人生のことや、地元も近かったので話もはずみました。一緒に会話をして思ったことは相手のことを知りたい、もっと分かりたいと思う気持ちがあればちゃんと伝わるということです。また、彼女はいつも感謝の気持ちを持って人と接していました。「ありがとう」「うれしい」「頑張ってね」そして人としてすてきで私まで優しい気持ちになれました。悲しいことや嬉しいことたくさん経験したからこそ人の気持ちがよく分かる、人生の大切なことを教えていただきました。それと同時に相手に気をつかわせすぎない援助、関わり方でもコミュニケーションをとる時でも相手にも入院中の一連の生活リズムがあるので、患者の生活をじゃましない関わり方の難しさも学べました。観察をして言葉に耳を傾けケアをする大切さも分かりました。実習最終日に彼女は私にこんな言葉をくださいました。「あなたは家族に恵まれて幸せね。こんなに優しくてかわいらしい娘がいて両親も嬉しいわね。家族を大切にして、いつまでも優しい気持ちを持って生きていってね。」
「私はあなたと会えてよかった。もう私はここから出られないと思うの。でも毎日が楽しみだった。残りの人生あなたのこと思い出して生きるから私のこと思い出して頑張って生きていってね」「約束よ」と、私はこの言葉に込められた思いに涙が止まりませんでした。私は本当に彼女が大好きです。この出会いは私にとって良い経験になり、一生の宝物になり感謝しています。人の痛みや悲しみ、喜びを自分のことのように考えることのできる看護師になりたいと改めて思いました。
被災された方に看護師を目指している学生もいると思います。大変なことがありましたが、夢はあきらめないでほしいです。私と同じように患者さんと関わる喜びを知ってほしいと思います。私には大切にしていこうと思う言葉があります。「夢は人生のたからもの」夢はもしかしたら夢で終わってしまうかもしれないが、そこにいくまでの努力や情熱は自分の力になるし、その過程で得ることのできる苦しみや喜びも良い経験になると思います。私は日々の生活の中で人を大切にしたり、あきらめずに頑張ることを続けて、夢をかなえたいと思います。
みなさんの夢がかないますように。そして自分のことを信じ続けて下さい。
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